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2007年2月20日 (火)

喫茶養生記

 喫茶養生記は13世紀初頭に栄西禅師により書かれた、茶の効能に関する書物である。栄西禅師は、平安時代から鎌倉時代にかけて、二度に渡り宗国を訪れ、当時中国で興隆していた禅宗を日本にもたらした一人である。また、中国より茶の実を持ち帰って日本に植栽したといわれ、本書を記した功績も併せて、日本茶業中興の祖とされている。日本の茶文化史を語る時、喫茶養生記は必ず登場するし、逆にこの書物抜きには日本の茶について考えることはできない。しかしながら、茶に関わっている方でも、これを読んだことがある方はどの程度おられるだろうか?ほとんどおられないのではあるまいか。
 「茶は養生の仙薬であり...」で始まることで有名なこの書物であるが、原文は漢文である。原文を読むことは至難であるが、現代語訳は案外わかりやすく、予想以上に短いものである。現代語訳であれば、半日もあれば読破できるのではないかと思う。もちろん、その長さ以上に深淵な思想があり、現在も研究が行われているのではあるが、決して仏典の類ではなく、まさに「茶(と桑)による健康法」を説いたものなのである。
 本書の少なくとも茶に関する部分において、病気や健康に関する考えはきわめて単純明解である。いわゆる人の五臟(肝臟、肺臟、心臟、脾臟、腎臓)にはそれぞれ好む味があり、味のバランスが狂うと(偏った食という意味か)それらに対応した臟が強くなり、病が生ずる。特に心臓は五臟で最上位に位置するものであるが、これは苦味を好む臓器である。ところが、日本では苦味を食さないことから、多くの人が病にかかっている。その意味で、心臓にとって茶は最も好ましいものであり、中国(当時の宗)では茶を多く飲むが故に心臓病が無く、皆長命だというのである。臓器の好む味とか、病気の原因などの記述については、現代医学からすればおかしな点もあろうかと思うが、病というものは禅師が言うようなバランスの狂いから生ずるというのは、大筋今でも真理なのではあるまいか。何やら非常に説得力があるのである。
 全体を読んでみると、この本の上巻は茶の機能性を、下巻は桑の機能性を説いたものであり、その論調は現在の食品機能性に関する論説と全く変わらない。800年を隔てた今も昔も、健康法とか食品の効能というものは、大いに人の興味をひきつけていたものであることがよくわかる。
 さて、本書は喫茶養生記となっているが、下巻では専ら桑の効能を述べている。実は、処方としては桑の方が詳細であり、桑粥の作り方などはやってみたい気もするし、桑の木で作った枕で眠ると悪夢も見ないらしい。本書の成立については、不明な点が多いようであるが、茶について述べている上巻が元々の「喫茶養生記」であり、下巻は後に付されたものとの説が有力なようである。
 いずれにせよ、本書は非常に面白く、現代人の感覚からみても共感できる点が多々ある。是非一読をお薦めする。
最後に、序より
  而示来[末]世病相。留贈後昆。共利群生云耳。
   ーーこの末世にあっておこるであろう病の相状を示し、ためにこの一書を
    記しとどめて、後の世の子孫に伝え、また多くの人々のために役立たせ
    たいことをいうだけである。

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