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2005年11月26日 (土)

我が家のトホホなネット遍歴

今でこそホームネットワークもえらく速くなりましたが、一昔前から考えるとこれもまったく隔世の感があります。我が家の外部接続も散々IT政策の波に流されまして...

もちろん始めはお電話でした

我が家のネットワークの始めは、もちろんモデム接続でした。PC-98ノートに電話線を繋ぎ、niftyにログインしてソフトをダウンロードしたりしてました。nifty経由のtelnetで職場のマシンにアクセスするなんていうこともできたように思いますが、基本的にはパソコン通信の時代です。始めて自前のノートパソコンを購入し(ツクモのオリジナルでした)、linuxを使いはじめた頃、ようやく磐田近辺でもいわゆるプロバイダ業者が出現しました。もちろん受け口は一般回線です。その頃、プロバイダに加入し、PCMCIAモデムカードを購入していますが、その日付は1995年5月となっています。一応28800bpsのモデムだけど、そんなスピードが出てた記憶が無いなあ。まあ日本中遅かっただろうし、徐々にですが速い受け口も整備はされていたと思います。いずれにせよ、アパートのリビングから自室に電話線を引っ張り、家族に迷惑のかからない(電話が通じなくなりますからね)夜中ばかり使っていました。でも、これが一応我が家のインターネット接続の始まりです。

世界に誇るISDN!

2000年になって、我が家は一戸建てのマイホームに転居しました。その頃はネットといえば有線ネットが一番速くて、新居に移ったら絶対有線ネットだと思っていたのですが、どうも有線ネットが天竜川をこちら側に渡ってくる気配がありません。とうとう待ちきれなくなって、ISDNに走ったのでした。ISDNはいわゆるINSネット64というやつで、電話回線をデジタル回線に切替える必要はありましたが、デジタル64Kbpsという高速(当時はね)接続ができる上に、電話は二回線使えるし、初期費用も2800円と安かったのです。というわけで、2001年の正月にターミナルアダプタが届き、ISDN開通となりました。階を隔てて使いたいということもあり、開通と同時にMELCOの無線ISDNルータ(WLARー128)も導入しました。ただし、この頃すでにさらに高速なADSLの足音も近くまで来ていたのですが。
IDSNは、当時の感想としてはやはり結構速かったのだろうと思います。少なくとも一般回線のモデムのように通信途中でプッツン切れることもありませんでしたし。ただし、中途半端に速いだけに使いまくり、電話代は月一万円を軽く越えるようなことになっていたようです。でも、今思うとISDNというのは中途半端なデジタル技術だったのですね。世界に先駆けたようなイメージだったけど、所詮64kbpsですから。

時代はあっという間にADSLへ...でも遅い!!

さて、前述のように2001年の始めにはすでにADSL、ADSLと騒がれていたのですが、どうせ私の近所で利用できるのはもっと先の話だろうと思っていました。ところが時代は急展開、その年の6月には我が町もサービス対象地域になってしまいました。ISDNと比べて料金は定額だし、接続速度も1.5Mbpsとはるかに速いのですから、さすがの私もさっさとフレッツADSLに乗り換えました。開通したのが2001年7月中旬ですから、ISDNは我が家ではたった半年の命でした。これが最初のトホホです。このとき、ついにプロバイダも変わりました。長いことつき合った地元のプロバイダだったのですが、ADSLに未対応だったのです。今じゃ考えられないことですが。
ADSLに乗り換えたのはいいのですが、複数台のパソコンを繋ごうとするとADSL
ルーターが必要になります。いわゆるPPPoEができるルータです。もはやISDNルータは使えません(ファームウェアの更新でASDN対応になると言っていたのに...待てどくらせど...うそつきっ)。結局、また出費をしてcoregaのBAR SW-4Pというブロードバンドルーターを購入しました。MELCOのISDNルータは、ブリッジモード設定にして、要するにただの無線LANアクセスポイントになり下がりました。まあ無駄にならなかっただけましでしたが。
ところが、このADSLがとても遅いのです。せいぜい320kbpsといったところでしょうか。速度計測サイトで測ってもADSLとしては全国的にドベに近い速度だったようです。ADSLのくせに、上りより下りの方が遅いというなんとも奇妙な現象でした。まあ今思うとPC側にも原因があったかも知れませんが、収容局から5km以上あり、この遅さは宿命だったようです。のちに8Mに変えようかとNTTに相談してみましたが、「おたく様の場合はほとんど改善効果は無いかと思います」と言われました。まあ、それでも以前と比べれば天国じゃと納得はしていたのですが。

とうとうの時代へ

ADSLが遅い遅いとぼやきつつも2年、さらに時代は進み、家庭用の光ケーブル、いわゆるBフレッツが出現します。光の100Mというスピード(単なる表記なんですが)はすごいけれど、初期費用は3万円近くするし、うちじゃあとてもねえと思っていました。ところがこの頃のプロバイダ間の競争はすさまじく(今もですが)、この初期費用を負担するところが現れました。というわけで、我が家もそんなniftyに変更、Bフレッツを契約してしまいました。2003年7月始めのことです。工事の人が来て光ケーブルを引いて行ったのですが、高所作業車出動で二時間程かかっていました。これなら確かに工事費3万円近くはするはと思いました。
回線が速くなれば、ルーターも速いものにしたくなるのが人情です。なにしろADSLの時から使っていたルーターはスループットがたったの7Mbpsでしたから、スピードテストをしてもせいぜい4Mbpsといったところでした(それでも速〜いと感動しましたが)。実際に調べてみると、この遅さはPCにも原因はあったようなのですが。ただし、その頃無線LANにも54Mbpsの802.11gが登場し、やっぱり非常に魅力でした。というわけで、某社の無線ブロードバンドルーター(もちろん54Mbps!)を大枚はたいて購入しました。どころがこのBBルーター、たえずハングアップしました。何か無線クライアントとの相性があるようで、女房の無線LAN内蔵のDELLが接続すると高い確率で止まったようでした。無線が不通になるだけなら良いのですが、有線接続も全部だめになってしまうのです。あまり悪口を書くと怒られるのでやめときますが。
そんなこんなで、2004年の年末にMELCO改めBUFFALOの無線BBルーター、WZR-HP-G54を購入しました。このルーターは電波も強く、階下のPCとの無線接続もばっちりで、木造住宅ですが3階から1階まで平気で届きます。ハングアップなんてすることもなく、一年近く使っていますが、リセットしなおすような目にあったことは一度もありませんでした。

遍歴のはて...

電話回線でのアナログ接続にはじまり、半年だけのISDN、とっても遅いADSLを経て、現在はまあ快適な接続環境にたどりついたかなと思います。速度を測ってみると25Mbps前後ですから、まあBフレッツとしては速い方ではないけれど平均程度のようです。最近は家族もかなり使うようになり、満足してはおりますが、これから一体どういう方向に進むのでしょうか。もう踊らされるのはいやだなあ。とりあえず、私の部屋には接続機器の箱が沢山積み上がってます。まあそれぞれ働いてはくれたけど、結構な散財だったなあと思います。

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